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ここ、シェルバ帝國に一人の赤子が産まれた。その赤子の父親も、産んだ母親も驚愕と恐怖で自らの子供を抱けずにいた。
元々、シェルバ帝國最強の魔力を誇る古参の大貴族、シュタウフェンベルク家だ。
魔力の強さには慣れている人間ばかり。
その上、魔力が一族でも下の方、という者でさえ一般の魔術者に比べれば桁違いである。
その一族のそこそこに魔力の高い両親が、産まれたばかりの赤子のあまりの魔力の高さに顔を青ざめさせていた。
二人は直ぐさま一人の青年を呼び寄せた。

フェンリル・ネイサン・ジュナイセン・シュタウフェンベルク。
もう直ぐ25歳になろうという青年は首を傾げながらもその部屋に入った。
両親は縋り付きながらフェンリルに訴えた。


「あの子が恐ろしいのよ!!あんなに強い魔力に私は耐えられないわ!!」


むせび泣く妻を抱き寄せながら夫も匙を投げたように呟く。


「あんな化け物が私の子供とは思えないのだ」


その言葉は青年には馴染みあるもの。
散々に周りに浴びせられた悪意の言葉。
自分の親に恐怖される悲しみ。
そんな運命をこの赤子もまた、辿ると思うと人事ではなかった。
そして、心の底ではひっそりと歓喜していた。

やっとこの『フェンリル』という重圧から解放されるのだ、と。

まだ自分が『フェンリル』を継いで10年。
周りにとっては、たった10年。
しかし、自分にとっては地獄のように長い10年だった。
自分の前任者は同等の魔力を持っていた為に受け継ぐのは先延ばしに出来ていた。
しかし、この赤子はそうはいかない。
長老達も既に動いているだろう。
シュタウフェンベルク家を創り上げた始祖と同等、それ以上の魔力を有する赤子の誕生だ。
自分を廃しにかかるだろう。そして、手中にして操ろうとするのだ。

それだけは避けるべき事態。
ならば、自分の役割は一つに絞られた。


「ノルアック義兄さん、マルディナ姉さん、俺がその子を引き取るよ。」


その言葉を待っていた二人は、直ぐに持って行けと赤子をフェンリルに押し付けた。
二人にはまだ子供が居た。だからこその反応だった。


「二人とも、この子の名前は?」


「…顔を見てから決めようと思っていたんだ」


つまり、名前も無い、と。
じっと見つめれば二人は苦い顔をして告げた。


「ネイサン、君の好きにすればいいよ」


この子の親であることまであんたたちは放棄するのか。

知らず瞳は凍てつく。
その眼差しで口許だけは笑みをなんとか形作った。


「なら、この子の名は、『フェンリル』だ」


二人は眼を限界まで見開いた。
恐ろしい物を見る様に見つめられる。
しかし、ネイサンと呼ばれたフェンリルは意に介さない。


「俺の好きにすれば良いんだろう?ならこの子は今から『フェンリル』だ。俺はただのネイサンに戻らせてもらう」


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