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産まれて直ぐに『フェンリル』と名付けられることは、まず無かった。
しかし、それをしてしまうほどの魔力。
慎重に幾重にも折り重ねる様に結界をフェンリルに張り巡らす。
自分の魔力に押し潰されかねない。
これは前の『フェンリル』であるアルバ爺さんにも頼むか、と考えを廻らせた。
家には妻と七歳になる息子がいるのだ。
怯えない程度の魔力に抑えないと連れて帰る事も出来ない。


「アルバ爺さん、頼みたい事があるんだけど」


そう言いながら入ったのは小さな一軒家。
ドアのすぐ前にはテーブルに椅子。
その右奥の庭に面した所に椅子に腰掛けた老紳士がいた。


「おぉ。ネイサンか。どうした?」


「この子に結界を張ってやってほしいんだ」


どれ、とアルバと呼ばれた老紳士は椅子からゆっくりとした動作で起き上がる。
ネイサンの手元の布を覗き込み眼を開く。
しわがれた手で赤子の額や頬を撫でる。


「……これは、また」


言葉に詰まるのもよくわかっていた。
自分がそうだから。


「この子の名は?」


「…………フェンリル」


ぼそっと聞き取り難い声の大きさで告げる。
きちんと聞き取ったアルバはくわり、と眼を見開くと憤怒の形相でネイサンを殴り付けた。


「っ馬っ鹿者が!!」


「わかってるよ!!」


殴られた頭を押さえる事も出来ずにネイサンはアルバを睨む。
アルバは顔を赤らめさせながらもう一度殴る為に拳を振り上げる。


「よりによって『フェンリル』だと!?そんなにこの名から逃げたいのか!!お前は!!」


「当たり前だろ!?こんな重圧、欲しがる奴にくれてやるよ!!」


がつん、と今度は頬を殴られた。
緩んでいたので口の中を盛大に噛んだ。


「その子が欲しがったか!?この、大馬鹿者が!!」


ぐ、と言葉に詰まる。自分がしたことはこの、何も知らない無垢な赤子を贄に差し出したのと変わらない。


「……解ってるよ全部。だから俺が育てるんだ」


「……お前ではなく、フェスティナ殿が、だろう。馬鹿たれ」


あぁ、痛い所ばっかり突いてきやがって。
でも、姉さん達に任せるよりもよっぽどマシだ。
姉さん達は自分を守りたいから、絶対に老獪な長老連中に自分の子供を差し出すだろう。
眼に見えてる。


はぁ、と盛大に溜め息をアルバは吐き出し、険の和らいだ顔を向けて来た。


「で、この子の名はきちんと決めたのか?」


「…………まだ」


今度は軽くぺしん、と頭を叩かれた。
そのままアルバは腕から赤子を奪う。


「誰の名を継がせるかなぁ」


私の名を継がせるか、と言い出すので待ったをかける。


「あんたの名前はうちの子に継がせただろ」


「あぁ。そういえば。シュネルに付けたか。」


はぁ、と今度はこっちが溜め息を吐く番だった。
大事な事も言っていなかったが。


「アルバ。その子、女の子だから」


アルバは驚き、もう一度腕の中の赤子を見つめた。
それを眺めながら、一つだけ考えていた名前がある、とアルバに切り出す。


「グラディウス女史の名前なんてどうだ?」


アルバが少し眼をあげる。

顔には妙案、とある。
にやりとネイサンは笑った。
名付け親は俺だ、と笑ったのだ。


「確かに、女性初の『フェンリル』だったが。あれは男の名前だぞ」


「大丈夫だよ。この子がフェンリルを棄てる時にはきちんと女の子らしい名前にするから」


「私が考えるぞ!」


意気込むその姿は、孫を可愛がる爺。
耐え切れず、ぶはっ、と息を吐き出して大声で笑った。


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